浦和ファブリシオについてwikiよりも詳しく解説

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マウリシオに続き、本日は浦和のファブリシオについても詳しく調べてみました。

日本のwikiにも載ってない情報盛り込んでいるので鹿島サポも必見ですよ!

本名ファブリシオ・ドス・サントス・メシアス

(Fabrício dos Santos Messias)

生年月日1990年3月28日
出身地サンパウロ州サンパウロ
身長183cm
体重78kg
利き足右足

 

ファブリシオはサンパウロ市から北へ110kmのところに位置する、オルトランディアという人口22万人の街で生まれました。カンピーナスのすぐ近くですね。

実は少年時代サッカーよりもかけっこの方が好きで、サッカーを始めたきっかけは近所に住む友達のジョゼ・パウロくんに誘われたからだそうです。

始めは街クラブに所属しておりましたが、スクールに通い始めて本格的にサッカーに取り組むことになります。

やがて名門ポンチ・プレッタのテストに合格

更にはカンピーナス市のこれまた強豪グアラニーFCのユースで頭角を現していきます。

ファブリシオは厳格なクリスチャンで非常に真面目な性格ですが、この頃のエピソードとしてよく練習をサボっていたとインタビューで語っています。

サッカー狂のお父さんがある日早く仕事からあがってきて、練習をさぼってビー玉遊びをしているのが見つかっちゃったんだよね。その時に彼はブチギレて、”次練習をサボったらお前は職業訓練へ行って俺と一緒に仕事をするんだ!練習か仕事か選べ!”と言われたんだ。エンジニアにはなりたくないなと思って、それから真面目に練習に通うようになったんだ笑

ファブリシオが所属していたグアラニーというチームはなんと柏レイソルでもプレーした事のある元ブラジル代表のカレカがオーナーでした。

カレカに気に入られたファブリシオは欧州へ連れていかれます。

一時的にイタリアのローマウディネーゼ、スイスのメンドリシオのユースチーム等に在籍しました。

初めて親元を離れ、食事の支度や家事をこなし一人暮らしの大変さを経験したとインタビューで語っております。

その後ブラジルのコリンチャンスに売られ、この時に初めてプロ契約

2009年にはU20のブラジル全国選手権で主力として活躍しました。U20とは言え名門コリンチャンスでレギュラーを掴む実力を持っていたのですね。

しかし2年間の在籍の間にトップチームへの昇格は叶いませんでした。

その後カピバリアーノ、イトゥアーノを経て、2010年南部のジュベントゥージ(3部)へ駆り出されます。

デビュー戦こそ華々しくゴールで飾りましたが、その直後練習中に足の指を2本骨折しシーズンを棒に振ってしましました。。。。

2011年にはレンタル期間を終え、今度はボタフォゴへ完全移籍をします。

しかし同年7月にはポルトガルのポルティモネンセへレンタルで移籍し再び欧州へ

ここでポルトガルへ移籍する際にちょっとしたエピソードがありました。

ポルトガルへ行く前から、ずっとヨーロッパでプレーしたいと思っていたんだ。でも向こうのサッカーはあまり見てなくて、チームのことも知らなかった。名前を勘違いして、『ポルト』と混ざってしまっていたのを覚えているよ(笑)

 

なんとポルティモネンセというチームを知らず、自分が移籍するチームはポルトだと直前まで勘違いしていたようです!

インタビューでもビッグクラブでプレーしたいとか野望は持ってなく、人生の全ては神様の教えに従っていると語っており、この辺で彼の真面目で天真爛漫な性格が伺えます。

ファブリシオ性格

途中に中国や鹿島へレンタル移籍しましたが、ポルティモネンセは自身のキャリアの中で最も長く所属したクラブとなりました。

特に2016/17シーズンにはチームの2部から1部への昇格に貢献し、2017/18シーズンにはチーム最多の15得点を挙げる大活躍をしました。

そんな評価が赤丸急上昇中だったところを、浦和が無事獲得したのでした。

浦和への移籍金は6.5億、5年契約と伝えられています。

ファブリシオのパーソナリティについて、インタビューによると

好きな映画は4つ”祈りのちから”、”Os Corajosos”、”ファーザーズ”、”神は死んだのか”

音楽ではゴスペルを好んで聴く、趣味は家族とお出かけ、たまにギターを弾いたりもするそうです。

 

 

 

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Fabricio Messiasさん(@fabri12messias)がシェアした投稿 –

インスタでは仲睦まじい写真を度々アップしておりますが、過去に娘を亡くすという悲しい出来事を経験しています。

ファブリシオがまだポルティモネンセでプレーしていた2015年頃の出来事でした。

僕たち夫婦の娘が未熟児で産まれて、数時間後に亡くなってしまった。僕の人生で最も辛い出来事だった。娘のことは本当に悲しい。もうこれ以上プレーしたくないとさえ思っていた。僕が望んでいたのは妻に力を与えることだけだった。振り返ると、どうやって乗り越えたかすらわからない。僕たちに力を与えてくれるのは神だけだ

ファブリシオのインスタについてはこちら↓

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ファブリシオのインタビュー動画はこちら↓

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