京都でやったアルバイトの体験を全て晒す

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大学時代は京都で過ごしました。

4年間の間に本当に様々なバイトを経験しました。

飲食店からエロビデオ屋まで。

しんどい仕事、きつい(精神的に)なども多々ありましたが4年間やり切って総じて思う事は

いろんな経験してよかったなという事です。

京都で4年間のアルバイトの体験を全て語ります。

大学時代に京都でやった全アルバイト

カプリチョーザ西院店

大学に入ってとりあえず始めたのは、阪急西院駅のすぐ近くにあるカプリチョーザでした。

京都に引っ越して、フロムAみたいな雑誌をみてソッコウ決めたと思います。

しかしなんとここへ閉店してしまったようですね!

私はキッチン補助として採用されました。

時給は700円だったかな?

こんなにうまい料理が目の前にあるのに、賄いがなかったのが非常に残念でした。

このお店は男はキッチン、女性はホール、とキッチリ分かれていたので、あまり男女が仲良くなることはありませんでした。期待してたのに。

私は使えない奴だったので、キッチンの仕事では専らイカツナサラダや、ライスコロッケや、アイスのような簡単なやつばっか作ってました。

調理学校に通っていたバイトの同僚くんは、ワンランク上のカルツォーネとか作ってましたね。

カプリチョーザの仕事のルールとして、仕事中に簡単なイタリア語を覚えさせられました。

お客さんが来店したら、いらっしゃいませボナセーラ

お客さんが退店したら、ありがとうございますグラツィミーレ

バイト仲間にありがとうと言われたらプレーゴ

これどこのお店もやってるのかな?

ここでの思い出として

ある日金髪にしてバイトに登場したら店長にガチギレされたことかな。

キッチンはコック帽かぶっているからいいじゃんと思ってたのですが。。。。

結局カプリチョーザのバイトは、4月~6月の2カ月くらい働いて自ら辞めました。

学校のサッカー部に入部すると、練習の為シフトに入れなくなってしまったので。

餃子の王将 西大路五条店

次に働いたのは餃子の王将でした。

ホールスタッフとして採用されました。時給は800円たったかな?

カプリチョーザのバイトはカプリっぽい子が集まっていましたが、王将のバイトも王将っぽい子ばかりでした。

出会い的なものはありませんでしたね。アーチャリーとか呼ばれてた娘とかいたし。

お店の二階に畳部屋の控室があって、そこで休憩中の社員さんやらがタバコ吸ったりゴロゴロしてたり。まあそんな環境のところでしたよ。

仕事が始まる前に朝礼的なものがあったのですが、その時にみんなで社訓みたいなものを唱えさせられてました。

ひとつ、王将は常に味に挑戦しよう!

それしか覚えてません。確か5つくらあったと思います。

仕事は非常にだるかったです。常に時計を眺めてはあと何分で上がれると考えていました。

カプリチョーザ同様、ここにも王将用語なるものがありました。

皿うどんをバリといったり、鶏のから揚げをエンザーキーと言ったり、餃子一人前をイーガーコーテルと言ったり。

確か週末になると、仕事終わりにみんなでテーブルで賄いを食べられるのですが、当時苦学生だった私はこれを栄養補給の場とし、更には残り物も大量に持ち帰っておりました。

店員さんはみんな引いていました。

王将でバイトしたのは夏休みの1カ月間のみ。その後戦力外通告を受けました。クビです。

あるクソ忙しい週末の夕方に、部活の帰りに渋滞に巻き込まれたので仕事行けませんと電話をしたところ、もういいお前来んな!と言われそれっきりです。

五条堀川のローソン

職を失った私は再びフロムAでバイト探しをしました。

そこで見つけたのがコンビニのアルバイト。

今度はしっかりとシフトに入れるように夜勤の仕事を選びました。

しかしコンビニの仕事も楽ではありません。特に私は検収作業がマジ嫌いでした。

検収している最中に客は来るし、早く終わらせなきゃ次の便も来るし、常にイライラモードでした。

この店のオーナーは当時若い兄ちゃんで、デブのくせにクロムハーツみたいなゴツい指輪が相当似合ってなかったのをよく覚えています。

ある日いつまで経ってもオーナーから次のシフトの連絡が来ない時がありました。

仕事させてもらわな生活でけへんやんけと!こっちから電話してみると

あー、君もう来なくていいから

二度目のクビです!

勤務中に雑誌を立ち読みしてたり、期限が切れたカラアゲくんをムシャムシャしながら接客とかしてたら、さすがに客からクレームがきたようです。

人として終わってますね。

コットンクラブ西院店

次に私が選んだ仕事はカラオケ屋のバイトでした。

西院駅の近くにあったコットンクラブというところです。今はもうないようです。

このバイトはもう最高でした!

何が最高かと言えば、まず環境が素晴らしい♪

周りはみんな年上の綺麗なお姉さんで、男性は私一人だけというハーレム状態でした。

おまけにみんな仲良し!

仕事もそんなにしんどくなく、接客、掃除、簡単な調理くらいです。

平日の夜なんかは天国でしたね。空き時間にゲームボーイしたり自分で唄ったりしてました。

時給も夜勤だったので1000円くらいもらってたと思います。

もうバイトに行くのが楽しくて楽しくて、夜勤10連チャンとか余裕でやってました。

フリーター並みに稼いでいたので、年末調整もしちゃってましたから。

ただしカラオケ屋の下がゲーセンだったので、たまガラの悪い連中らが来ることあり。

酔っ払いにケンカふっかけられることもあれば、DQN集団に食い逃げされてたこともありました。

ここのバイトは天国すぎて辞めたくなかったのですが、ある日売上の悪い西院店に対してオーナーがテコ入れしたことにより、楽しかった環境がガラリと変わってしまいました。

その流れで仲間が次々と辞めて行ってしまい、そのままフェードアウトで終了。

働いていたのは半年程度でしたが、京都生活の中で最も良い思い出のひとつでした。

西大路通りにあったカラオケ屋

カラオケ屋のバイトの味をしめた私は再び深夜のカラオケ屋のバイトを見つけます。

もう名前も忘れてしまいましたが、西大路通りにあるカラオケ屋さんです。

ストリートビューでみたらこのお店も存在しないようでした。

しかしながら、ここは以前のような楽し環境ではありませんでした。

バイト仲間はちょっとヤンチャな感じの子が多く、あまり趣味が合わなそうだなと思い、2日間だけ働いて自らフェイドアウトしました。

四条御前らへんにあったファミリーマート

またまたコンビニの夜勤を始めました。

ストリートビューで確認したところ、このお店ももう存在していないようです。

オーナーがバイトくん達の仕事っぶりを監視カメラのビデオでチェックするので

カメラの前で、ポリッシャーの電源を入れずに店内を転がしたりしていました。

とまあ私はここでも怠慢勤務をしておいた訳で、当時Twittrなんかがあったら炎上間違いなしです。

結局オーナーと揉めて辞めたと思います。半年くらい働いたかな?

カントリー・ブー 西院店

四条中学の近くにある鉄板焼き屋さんです。

シフトが夜8時くらいから深夜3時までと区切りが良かったので応募しました。

オープニングスタッフとして入ったのですが、私の周りは既存店から移籍してきたベテラン店員ばかりでした。

とりあえず君皿洗っといてと言われ、初日に6時間ひたすら皿を洗い続けたのを覚えています。

んで結局仕事がしんどくて多分一か月くらいで辞めました。

相変わらずダメ人間ですね。

レンタルビデオ屋 マザーグース

今は亡きレンタルビデオショップです。っていうかエロビデオ屋です。

場所は葛野大路三条らへんだったと思います。

先輩のツテで就職させてもらいました。

仕事は部活が終わる夜8時くらいから深夜1時くらいまで。

そんな時間にエロビデを借りに来るやつはそういません。仕事はクソ楽です。

不満はなかったのですが、経営不振によるお店の閉店に伴い、僅か数カ月で退職しました。

成人式の夜をここで迎えたのは今でも良い思い出です。

西院ビデオ

西院駅にあった試写室です。今はビデオボックスとか言うのでしょうか?

店のオーナーは韓国人だったのですが、前に働いていたレンタルビデオ屋の姉妹店でした。

もはや学校の友達のたまり場になっており、どれだけの時間をここで過ごしたかわかりません。

クリスマスや大晦日の夜を、アダルトビデオに囲まれて独り過ごした切なさは今でも忘れません。

ここでのバイトの体験は下記記事にまとめておりますので、興味があればどうぞ↓

試写室でのバイト体験と実際にあった衝撃的事件
何十年前の話になるが、学生の頃ビデオ試写室でバイトしてました。 その時のアルバイト体験談を紹介しようと思う。

四条西小路らへんにあったファミリーマート

仲の良い友達が働いていて”他人”という設定で働き始めました。

なんとここには、お笑い芸人の若井おさむさんが働いておりました。

私はちょうど若井おさむさんと入れ違いで入り、実質一緒に仕事をしたのは2、3日程度でしたが。

初めて一緒に仕事をした時に、バックヤードで二人で缶ビールを飲んだことを覚えています。

バイト仲間の間では、若井さんはオニ仕事ができる人で有名でした。

仕事はそれなりに大変でしたが、親友と二人で夜勤をやることが多かったので全く苦ではありませんでした。

親友以外のバイト仲間たちとの関係も良好。

そしてなにより廃棄を持ち帰ることができたのが相当助かりましたね。今の時代はダメなんでしょうか?

ここでもやっぱやりたい放題やってましたね。

お店の照明を少し暗くして、スピーカーとiPodを繋いでJazzとか流してみたりとか。

やはり同じコンビニの仕事でも、立地やオーナーによって仕事のだるさは全く異なる、やはりバイトは選ぶべきだということを学びました。

このコンビニでは卒業まで働きましたが、その後閉店してしまったとききました。

という訳で自身の4年間のアルバイト体験を記しました。

私が学生だった当時は、あまりネットも普及しておらずフロムAみたいな求人誌を見て応募したりしていたのですが

今ではこのようなアプリで簡単に仕事を見つけることができるのですね↓



もし当時にこんなものがあったら、もっと貴重な学生の時間を有効活用できていたかもしれません。

便利な世の中になりました。

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