ドイツワールドカップ期間のカカーのブログ全日本語訳

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2006年のドイツワールドカップ中にカカー自身が書いていたオフィシャルブログを全文翻訳しましたので紹介します。

 

カカーブログ 僕について 2006年6月2日

ガラナ・アンタルチカの企画で始まった最初のブログ、今日は少し僕自身のことについて喋ろうかな?1982年4月22日ブラジリア生まれ。このカカーっていうあだ名は、現在イタリアのセリエBのRiminiというチームでDFとして活躍している僕の弟のホドリゴ(彼のあだ名はジガオン)によって付けられたんだ。僕のスポーツの趣味は全て父親譲りなんだ。僕の父ボスコは常に良き指導者であり、母シモーネも僕にとって一番の理解者だった。
4歳の時マット・グロッソ州のクイアバーに引っ越してそこで3年過ごした。そして7歳の時に家族は再び引越したんだ。今度はサンパウロのペルジーゼス区というところにね。そこで僕はサッカーを始めたんだ。
8歳の時学校の体育の先生が僕の特別な才能に気づいたんだ。彼はすぐに僕の母を呼び出し相談をして、僕はスマレーというところにあるサッカー専門の学校に入れられたんだ。こ��学校はもうなくなっちゃって今は大きなレンタルビデオ屋が建ってるけどね。ここでアンドレスというチリ人のスポーツ専門家と知り合って、彼にAlpahaville Tênis Clubというチームを紹介されてそこでずっとプレーしていたんだ。そんな弱小チームがある日トーナメントの決勝でサンパウロと対決した時だった。僕のトリコロール(サンパウロの愛称)へ興味を抱くことになったんだ。これがサンパウロでのキャリアスタートのきっかけなんだけど詳しくは次回話すことにするよ。

カカーブログ2 選手生命絶望の危機! 2006年6月2日


今トレーニングから戻ってきたところ。ここWeggisはとても寒いよ。けどもう慣れちゃったから平気だけどね。じゃあ僕についての話を続けようか。このサンパウロとの決勝戦の後、僕はヘッドハンティングされたんだ。12歳の時だったな~。13~15歳の部に入ったんだけど、すでにプロ予備軍どしてみなされていたよ。
ちょうど同じ頃アメリカで中学校の大会に出場していてね、僕はこの大会で大活躍してタイトルをもたらし、サンパウロでも活躍も期待されるようになったんだ。誰が僕がやがてプロになると想像しただろうね。14歳の時、僕も家族と同じようにいつも通っていた教会でエヴァンジェーリコ(プロテスタント)の洗礼を受けたんだ。
2000年��9月30日、僕が18歳の時人生最悪な出来事が起こった。父方の祖母の家へ遊びに行ってたときのこと。滑り台を降りようとしたららコントロールを失っちゃってプールの底に頭を強く打ってしまったんだ。もはやまともに歩くことはできなくて、第七脊椎というやっかいなところを骨折してしまったんだ。
事故の後もサンパウロと学校の二つのトレーニングに参加してたんだけど、背中が痛み出してサンパウロのドクターに言ったんだ。実はそこで初めて骨折だということがわかって、50日間ギプスを付けなくてはならなくなったんだ。本当に下半身不随になってもおかしくなかったよ。ギブスが取れる頃にはコンディションを戻すため、一通りトレーニングには参加できるようになったけどね。
2001年僕はようや��監督に認められてトップチームに上がる。2月の初めだったな~、リオ・サンパウロ選手権の対ボタフォゴ戦、僕は後半20分に投入されてプロデビューを果たしたんだ。その時の監督はオズワウド・アウヴァーリスOzwaldo Alvarezだったな。さて今日はちょっと疲れたからこのへんにして、次はどのようにして僕が2回目のワールドカップまでたどり着いたのかをもうちょっとだけ話すよ

カカーブログ3 サンパウロからブラジル代表へ 2006年6月2日


やあみんな!ここWeggisは朝日がさしてるよ。今日のトレーニングは午後からなんだ。そして間もなくホテルでブラジルの取材を受ける予定なんだ。それじゃあもうちょっとだけ続きを話そうか。対ボタフォゴ戦のデビューからわずか3日後に僕はプロ初ゴールをマークしてモルンビー(サンパウロのホーム)でサントスを4-2で破ったんだ。そして翌月01年の3月7日、リオ・サンパウロトーナメントの決勝戦で僕のキャリアの転機が訪れた。サンパウロは2-1でリオのボタフォゴを破り、僕はこの試合なんと2点を決め初のタイトル獲得に大きく貢献したんだ。 そしてサンパウロのレギュラーに定着し、アルゼンチンで開催されるU-20の大会の代表にも選ばれるようになった。シーズン中にコンスタントに結果を出すことで、国内でも注目を集めるようになったんだ。02年の1月、ついにフェリペ監督か���対ボリビア戦に招集されたんだ。そして次のCuiabáという、僕が子供の頃に住んでいた所で行われたアイスランドとの親善試合で代表初ゴールをマークしたんだよ。 それから02年の5月6日、ワールドカップのメンバーに選ばれた。与えられた背番号は23で対コスタ・リカ戦で25分プレーしたよ。ご存知の通りブラジルは決勝でドイツを破り、僕はわずか20歳で世界チャンピオンになったんだ。 その年の最後に再びフェリペに招集されてね。今度は世界選抜のユニフォームを着るためにさ。レアル・マドリードとの親善試合で僕は1ゴールを決めることができた。 03年にもう1つの夢が叶った。ヨーロッパチャンピオンのACミランに移籍することになったんだ。僕は歴史あるヨーロッパの地へ移りリーグ戦やチャンピオンズリーグを戦った。 ��初のシーズンでチャンピオンになることが出来たよ。僕はインテルとのミラノダービーを2ゴール含めて、値千金のゴールをマークした。04年12月には最年少で飢餓撲滅大使にも任命された。 05年のチャンピオンズリーグの決勝ではリバプールに負けてしまったけど、同じ年の8月、僕はUEFAによって最優秀MFに選ばれた。この年、もしもセレソンがもう少し早くワールドカップ予選通過を決めていたらもう1つタイトルがとれたんじゃないかな?僕たちがワールドカップを戦うためにしばらく滞在するここドイツで行われたコンフェデレーションズカップのタイトルをね。今一度この大きな戦いでみんなの期待に応えてみせるよ!ではまた!

カカーブログ4 


僕たちがここ、スイスの中心地Weggisに到着してから街の生活はすっかりと変わったみたいだね。日に日にセレソンの合宿を追いかけてる大勢のファンや記者達のおかげで、普段は人口4千人足らずの街が一気に2万人に膨れ上がったんだ。
でもここの環境はとてもいい。代表にとってすごく大切だと思う。今日はここでドクターが選手一人一人の状態を把握するためにメディカルチェックをして、その後十分にトレーニングをした。この期間はチームの結束を高めることや、ワールドカップの空気を感じるという意味も兼ねているんだ。開幕は9日であり、僕らは13日にクロアチアと対戦する予定さ。
そういえば今日は仲間が1人チームを去ってしまったんだ。エジミウソンが半月版のケガのためミネイロと交代することになってしまった。ミネイロも感じがよくて控えめでいいやつさ。エジミウソンにとってはとても残念だったけど、ブラジルから直接練習場に到着したミネイロを暖かく迎えてやりたいと思う。
これから大会前のニュージーランドと対戦するためにGenebraという所へ移動する予定なんだ。大会前の最後の親善試合だね。果たしてセレソン1つプラスになる試合になるか?今度みんなに話したいと思うよ。試合が終わったらまた皆さんにニュースを届けたいと思います。それでは!

カカーブログ5 Genebra 、フランクフルトそしてkonigsteinへ 2006年6月5日


やあみんな!昨日はGenebraで慌しい一日だったけど、夜に到着してホテルへ行ったよ。その後一日おいて、ニュージーランド戦をやるスタジアムに行ったんだ。なんでもヨーロッパで最も小さくて美しいスタジアムだとか。でも施設は充実している。
試合はとてもよかったし大会でやろうとしていたことをしっかりと確認できたと思う。僕も流れの中で価値ある1点も決めることが出来たし、ワールドカップに向けての体が出来ているということを証明できたね。
試合後はミックスゾーン、ロッカールームやバスへ続いている通路のことなんだけど、そこでインタビューを受ける時間があった。記者達は格子の後ろにいて、僕たちは歩きながら記者達の質問に答えていたよ。
スタジアムから直接飛行機に乗って、夜にフランクフルトへ着いたんだ。まず初めに代表専用バスに乗りフランクフルトの隣にある小さな街のKonigsteinへ来た。地元の人たちから大歓迎されたよ。この月曜日はオフで夜だけホテルにもどればいいんだ。このオフは街を探検するため散歩でもするよ。それじゃあまた!

カカーブログ6 ワールドカップに向けて休憩 2006年6月6日


Konigsteinでの休日、休息とは選手にとって神聖なものだ。ここ何日かワールドカップの為のテストマッチで忙しかったから今はよく休んで充電する時なんだ。
このオフを利用して携帯電話の問題を解決しに行ったよ。というのはWeggisのどこかで、フランクフルトの友達と一緒にレストランへ行く途中失くしてしまったんだ。とはいえ良い気分転換になった。近況報告をしてみんながどのようにしてワールドカップに向けて集中していくかもわかった、いろいろなことを語り合ってすごくおもしろかった。
門限に遅れないように、そして帰ってゆっくりしたかったからちょっと早めにホテルへ戻ったんだ。この先まだまだトレーニングをしなければならないからね。次はKonigsteinの街についてちょっと話すよ。それじゃあまた

カカーブログ7 ドイツでハードワーク 2006年6月8日


ここKonigsteinでとてもがんばっているよ。でもやっぱりワールドカップに向けてベストな状態にしなくちゃいけないからね。グランドはとてもいいよ、ここには開催前の最終段階のための十分な設備がそろっている。ここではもうだいぶワールドカップの熱が上がっているみたいだね。街は通りは全て、選手やセレソンのデザインで飾られているんだ。
僕らのいるホテルは第二次世界大戦中は病院で精神病棟まであったんだ。しかし現在は全体的にリフォームされてとても快適だよ。練習に出かける時ドアの前ですごい数の記者に囲まれちゃってさ、セレソンを追っかけている記者はこんなにいるんだね。ただこんなに騒がしいと僕らも静かに過ごせないし、通路も窮屈になってしまうけどね。よし、じゃあこれからまたトレーニングへ行って別メニューをこなしてくるよ。その後もっと書くからね。それじゃ!

カカーブログ8 幕に向けてだんだん出来上がってきた 2006年6月8日


今日とても忙しい一日だった。ドイツへ来て初めて公開練習をしたんだ。およそ2万5千人もの人が練習を見学して手厚い歓迎を受けた。グランドは隣町のあるスタジアムだったんだ。コンディションはまだ最高ではないが、今日の練習プログラムはこなすことができ、僕らは初戦に向けてますます仕上がっているよ。
明日行われる開幕戦のドイツVSコスタ・リカの期待はものすごいね。とても大きな話題になっているよ。いよいよ始まるんだ!
明日行われる開幕戦のドイツVSコスタ・リカの期待はものすごいね。とても大きな話題になっているよ。いよいよ始まるんだ!
今は夜だけどさっきルーラ大統領とモニターによる中継で会談があったんだ。選手とスタッフ全員がそれに参加したよ。とても静かな会談で、大統領自らに激励してもらったんよ。それじゃあまた明日!

カカーブログ9 家族が恋しい・・・ 2006年6月9日


昨日ルーラ大統領との中継会談で1つ大きなサプライズがあったんだ。部屋へ入った時カメラに映っていたのは僕の叔母さんのサンドラだったんだ。ブラジリアに住む僕の父親の兄姉さ。家族と触れ合うというのはとてもいいことで、今の時期には重要なことだった。家族全員が僕誇りに思っている、またここには世界で一番の私達家族にとっての誇りがあると言いたい、彼女は僕にそう言ってくれたんだ。
家族が1つになり、応援の言葉を聞いてたその瞬間は僕にとってとても重要なことだった。サンドラ叔母さん、本当にありがとう。ブラジリアにいる家族やブラジルにいる国民の皆さんにもお礼を言いたいです。
さて「恋人の日」(ブラジルのバレンタインデー)が近づいていて、初戦前日になるのかな。もう結婚しているとは言え妻のカロウCalorは未だに僕の恋人でありこれからもずっとそうさ。、ワールドカップ開幕の熱狂により、ここドイツ大忙しの日になるだろう。しかし彼女は常に僕の頭の中にいることは確かだ。
昨日書いたようにとうとうその時が来たんだ。ワールドカップ開幕の熱狂はここ僕たちの合宿所にとっても計り知れないものだ。午後のトレーニングは開幕戦を見るために少し早めに行われたんだ。今のまま順調にことがいくことを願うよ。それじゃあまた!

カカーブログ10 ブラジル、フェイジャオンそしてワールドカップ 2006年6月10日


やあみんな!いよいよワールドカップが始まったね。ドイツの開幕戦を僕たちはTVで見たけど、僕たちにとってはまだ準備期間だけどね。今日の午後のトレーニングはとてもハードだった。厳しい調整はまだ続いているよ。明日の午後にもう一回トレーニングをして、続いて飛行機でベルリンへ向かう予定なんだ。そう、僕たちの初戦が近づいているのさ。今日の昼食中にグロボ局のインタビューを行って、僕は記者達にブラジルでのワールドカップの盛り上がりの様子をきいたんだ。どうやら期待はとてつもなく大きくて、街の道などはすでにワールドカップモードで華やかに飾られているとらしいね。そいつはいいや、みんなが僕たちの���とを応援していることがわかってよかったよ。お昼ごはんの話にしよう。みんなのコメント中でリクエストがあったんだけど。ここでは僕たちはブラジル人コックによって作られた料理を食べていて、彼は僕たちブラジル人が慣れているものを全て作ってくれるんだよね。スパゲッティ、ライス、フェイジャオン、ビーフ、サラダ、つまりブラジルで食べるものと変わらないんだ。コンフェデレーションカップの時に同行していたコックと同じなんだ。もうひとつは道は華やかに飾られているということだけど、それは道の落書きの中に僕の心のチームの絵がたくさんあったということ。僕は子供の頃からサンパウロを応援してるけど、時が経つにつれて僕の友達がプレーするチームを応援することを覚えてしまったようだ。もちろん僕の心のチームはミラ���だよ。それじゃあ今日はここまで。次はベルリンでのことを話すよ。それじゃあまた

カカーブログ11 ベルリン到着で投稿 2006年6月11日


やあみんな!僕がちゃんとみんなのコメントを読んでるのかの疑問に思ってる人が多いみたいだけど、大丈夫。ちゃんと読んでるよ。今じゃフランス語のコメントまであるけど、イタリア語に少し似ているとは言え、よくはわからないな~。まあ彼らが僕にフレッジを応援して欲しいということはわかった��。ちゃんと返信しておくよ!ミランで僕を見守っている人もいることだしね。さて、いよいよドイツの首都、美しく歴史的な街ベルリンに着いたよ
とても快適な移動だった。夕食の後Kogisteinのホテルを出て、それからバスでフランクフルトの空港まで行って手際よく飛行機に乗ったんだ。トレーニングの後で疲れていたからね、休んだり静かにしていたりであっという間の移動だったよ。
ここのホテルはとてもいいね。少し古いようだけど、とてもよく設備されているよ。なんでも戦後街で最も不動産投資されたホテルの1つだとか。神様、どうか僕らのワールドカップ初戦に運が伴い、良い結果に終わるよう見守ってください。それじゃあみんなまたね

カカーブログ12 とうとう開幕だ! 2006年6月12日


初戦前日ここベルリンで、今日はスタジアムを貸しきっての練習。そしてここドイツの首都ベルリンでまた少しワールドカップの盛り上がりを感じたよ。道を歩けば必ずブラジルやクロアチアのユニフォームを着た人々に会うんだ。練習の後パヘイラ監督と共に、試合についていくつかの指示や最終確認のためのミーティングを行ったんだ。
その後すぐ、僕は両親と会う時間があった。彼らはここで待っていたらしく十分話ができたよ。とても大切な試合の前にパワーと安らぎを得ることができてすごく嬉しかった!お陰でリラックスできた・・・初戦に向けてますます気を落ち着かせることができたよ。
今は緊張はしていないよ。これまで大きな試合はすでに経験してきたし、今回も同じだ。しかし今までの試合に対するドキドキとは違うことは確かだ。今大会の開幕のキックオフを楽しみにしている。
ああ、1つみんなに言っておくことが・・・多分明日はメッセージを書くことができないだろうね。だけどできればすぐにまた新しいニュースを届けるよ。
みんな、明日は盛大な応援頼をむよ!僕らにはみんなの力が必要なんだ!それじゃあまた!

カカーブログ13 やった、ワールドカップ初ゴール!  2006年6月14日


なんて最高な気分なんだろう!!!昨日ワールドカップ初ゴールを決めたよ!ベルリンで合宿を開始してフランクフルトの夜に終わり、今日はとても長い一日だった。しかし全ての瞬間が価値あるものだったことは確かだね
ゴールの瞬間全てのことが頭の中を駆け巡ったんだ。スタジアムに居た両親のこと、妻のカロールのこと、あの舞台に立つために闘ってきたこと、弟のこと、そしてあのチャンスを与えてくれた神にとても感謝した
ワールドカップでゴールをするとはなんと素晴らしいことなのだろうか。他に覚えていることといえば、国民のみんながあの瞬間とても震え上がったのを感じたことだね。ふとテレビの前で飛び上がって喜んでいる人々の姿を想像したんだ。応援のメッセージを送ってくれた皆さん全てのお陰だと思っているよ。みんなの励ましが僕らにとってとても大切であるということがわかっただろ?本当にありがとう。
今日はオフで僕たちはすでにKonigsteinに戻ったんだ。このオフは妻と一緒にランチをして午後はずっと一緒に過ごしたいな。今はカロールがとても恋しいんだ。さて、これからフランクフルトのレストランにでも行くか。またメッセージを書くよ。あるいは向こうでゆっくりするかも。みんな本当にありがとう!!!!!

カカーブログ14 オフは家族と 2006年6月15日


昨日はフランクフルトでオフだったんだけど十分に楽しんだよ。合宿所から約20分のところにある街の中心部まで行ったんだんだけど、世界各国のたくさんのサポー��ー達がいたことにとても驚いた。通り過ぎる車全部にそれぞれ違う国旗がついているんだ。2002年の時はそこまで華やかでなかったから、あれには相当目がいっちゃったな。あともう1ついいことを見つけたんだ。どんなレストランにも必ず一台試合を映してるテレビが置いてあるんだね。とてもオシャレでシンプルかもしれない
Krombergのホテルに昼食をとりに行ったんだ。もうすでにイタリア料理が恋しくなっちゃってね、昼食はスパゲティを食べたよ。正直に言うとイタリアのパスタ程よくはなかった。おいしいことには変わりないけどね。ホビーニョと一緒に宿舎を出て、このホテルに行った目的は彼女と彼女の両親に会うためだったんだ。カロールと一日過ごせてよかった。前にもここで言ったけど、僕らはすでに結婚しているとはいえ熱愛中の恋人同然なんだ。彼女の不在はとても寂しい。だが僕らは大会中の期間で何が大切であるかわかっている。フランクフルトのセントロにある広場へも行く時間があったよ。ここへはカタールのU-23の遠征の帰りに一度だ昼食をとったことがあるんだ
結局宿舎へは22時15分に戻った。門限の15分前だ。それじゃあ、サポーターのみなさんありがとう!

カカーブログ15 がんばり屋 2006年6月17日


みんな知っての通り、いいチームというのは引っ張っていく奴が1人いなくてはならない。あの選手は本当によく走る。マークの時、攻撃の時、ついにはケンカの時までも常にグランドのあらゆるスペースにボールを奪いに現れる。っていう感じでね。ミランではガットゥーゾがこの役目をとてもよくこなしている。ただテレビでもこの役目が存在するということは知らなかったよ。
木曜日の昼食の後、2つの記者との独占取材話があったんだ。彼らはミックスゾーン(僕らがいつも通る、記者達がいつも質問する道)や記者団の取り巻きがない時だけ僕と��ンタクトをとるんだ。最初はミナス・ジェライス州のレポーターだった。その次はブラジルのある大きなTV局の記者集団だったよ。
その二つ目の記者達で全てが起こったんだ!環境をほんの少しエレガントになにしようと、カメラマンとチーフプロデューサーが100年もののピアノを特設スタジオへ持ってこようとしたんだ。その作業はとてもうるさくて床が傷つくのは避けられなかった上、ヨーロッパのアンティークとしてホテルに購入された芸術品をも傷つけるおそれがあった。一番おもしろかったシーンはホテルの支配人が到着した時だったね。彼は訳の解からないドイツ語で叫んでて、運んだピアノを十分時間をかけて元通りに戻せって命令しだしたんだ。

その二つ目の記者達で全てが起こったんだ!環境をほんの少しエレガントになにしようと、カメラマンとチーフプロデューサーが100年もののピアノを特設スタジオへ持ってこようとしたんだ。その作業はとてもうるさくて床が傷つくのは避けられなかった上、ヨーロッパのアンティークとしてホテルに購入された芸術品をも傷つけるおそれがあった。一番おもしろかったシーンはホテルの支配人が到着した時だったね。彼は訳の解からないドイツ語で叫んでて、運んだピアノを十分時間をかけて元通りに戻せって命令しだしたんだ。

そんな訳で、ワールドカップには大きなプレッシャーが��る時もあるけど、こんな面白い場面もあるってことさ。
それじゃあまた!

カカーブログ16 喜びと悲しみ 2006年6月17日


今日のミュンヘンは大変悲しい一日だった。Bussundaの死を知ったんだ。とても残念だよ。家族に哀悼の意と僕たち全てが悲しみに包まれていることを伝えたい。
しかし昨日の夜は喜びの一時だったよ。というのはアドリアーノの子供が誕生した時大きな歓声があってね。彼はとても喜んでいるよ。もちろん僕たち全員もね。彼の大事な息子の健康と幸せを願いたい
今日は改めてミュンヘンスタジアムの素晴らしさを実感した日でもあるな。僕は既にミュンヘンスタジアムを知っていたけどね。なぜなら最近こ��でミランとバイエルンの試合をしたからさ。本当に綺麗で美しい建物だよ。
みんながここに残してくれたたくさんのコメントを読ませてもらっているけど、みんないつ僕がこのブログを書いているのかが気になっているみたいだね。この合宿では何回か休憩の時間があるんだ。僕はインターネットをして過ごすのが好きなんだけど、その時間を利用して君たちと話しているという訳さ。他にはワールドカップが終わっても、このブログを続けるのかが知りたい人がいるみたいだね。それはまだ考えてないなあ。この経験は気に入っているけどね、やはり続けるかはまだわからない。
みんなまたコメントを続けてください。みなさんのメッセージを読むのはとても好きだよ。それではまた!

カカーブログ17 勝利再び!!! 2006年6月19日

予選でもう一勝あげた!僕にとっては初戦よりも良いできたったね。オーストラリアのマークはとてもきつく、わずかなスペースしか与えてくれず、前半は苦しんだよ。後半僕たちのゴール(アドリアーノの息子に捧げる)の後、相手は同点にしようと少ししかけてきて、展開するためにもう少しスペースを使うようになってきたんだ。重要なのはチームが成長することだ。
試合後、スタジアムを出て直接Coloniaへ向かう便に乗った。フライト中アニメがたくさん流れていたけどとても疲れてた。ワールドカップは短い大会だけどとても厳しいものだ。短い時間の中で試合があり練習があり移動がある。
朝起きたら昨日の試合でぶつけたふくらはぎが痛かった。しかし全然問題ではない。昨日みたいな激しい試合の後ではよくあることだ。
大会に向けて調整中だけど、今はCastelo Lerbachにいる。ここはとても静かで落ち着いているね。まさしく合宿にふさわしい気候だ
練習以外の時間はゴスペルを聴いて日々を過ごしているよ。Rasgate,Renascer Praise,Thierd Day,Diante do Trono,Marcelo Aguiar e Aline Barros、これらは僕が聴くグループや歌手なんだ。他にも映画を観たり、読書をしたり、セレソンの仲間や家族と話したり、インターネットで友達と話したりしているよ
それじゃあまた次回!

カカーブログ18 魔法のカルテット 2006年6月21日


Castelo Lerbachが暗い日。暗いと言っても天気のことだけどね。ここセレソンとブログ内はとても明るいよ。今日僕も含めて、何人かの選手に取材があった。ホテルの庭に行ってそこでブラジル記者のインタビューを受けたんだ。グループに分かてね。魔法のカルテットはどうか?についてはいつもきかれるね。セレソンにとって選手個々の動きの役割を決めるなんて無理だよ。もし魔法のカルテットがうまくいけば、セレソンもうまくいく。しかしもしうまくいかなければ、セレソン全ては何をやってもうまくいかないだろう。うまくいくとは機能するっということだね。僕の意見だけどね。
午後はホテルからすぐそこのBergisch Gladbachという街の中にあるグランドで練習があった。ずいぶん離れたところにあったからColôniaを観る機会がなかったなあ。なんでもすごく綺麗なんだとか。果たして次ぎのオフはいつか、そしてColôniaのことをみんなに伝えることができるかまだわからないけど。それじゃあまた!(この日記は6月20日に書かれたもの)

カカーブログ19 今日は紅白戦の日  2006年6月21日


試合の前日の日は紅白戦の日だ。今回は僕のチームが勝利した!異なる形で3ゴール決めてやったよ。まさにに大量得点試合さ!相手チームは悔しいだろうね。僕たちセレソンはこうだ、紅白戦で負けた者は、次の挽回する機会まで苦しまなくてはならない。だからこそ選手達は必死になって戦うんだ。今日僕たちは。明日日本との対決の地、ドルトムンドへ行った。日本はとてもスピードがあってブラジルと非常に結びつきの深いチームだね。それには敬意を表しなければならないが、試合は制さなければならない。今日も同じくCastelo Lerbachで寝ることになるだろう。ここはスタジアムから約90km離れているけど、バスで行けばすぐだね。そういえばいつもブログできかれることがあるんだけど、バスにある「1億8000万のブラジル���民の魂が観ています」というフレーズは誰のアイデアなんだろう?誰が創ったのかはわからないなあ、けど全てのセレソンのバスに1つあるよね。
よしそれじゃあ!ここにいる全ての人達を代表して精一杯戦い、明日またサポーターのみんなに朗報を送れるようがんばります!それではまた!

カカーブログ20 ミラン!!!!! 2006年6月23日


今日はミランのサポーターのみんなへ、そしてもちろん全ての僕のファンの人たちへもとても良い知らせがあるんだ。ミランとの契約を2011年までに更新したんだ。
それはとても嬉しかったね、なぜならミランは僕を暖かく迎えてくれて、愛するといことを学んだクラブだからさ。��こミランで本当に喜びを感じているよ。サポーターの暖かさをとてもよく感じているし、それに対してとても感謝している。 サン・シーロでサポーターが僕の名前を叫ぶのをきくことがなければ、この瞬間は訪れなかっただろう。交渉の全ては父によって行われたから、全く心配はなく、安心してセレソンの合宿に集中できた。みんなも嬉しくて、いろいろと知りたい気持ちはわかるけど、後日また休日の話と昨日の大勝利のことだけを語るよ。

<p>みんな応援してくれてありがとう、それじゃあまた!!!

カカーブログ21 Colôniaでの休日 2006年6月24日


昨日のオフについてみんなに伝えるのが少し遅くなってしまってごめん。っていうのはここ2日間はとても忙しかったんだ。
日本戦の勝利の後、家族と会うためにドルトムンドのスタジアムの近くのホテルへ行ったんだ。両親と話して、新しい契約書にサインをして、それから夕食に出掛けたんだ。ホテルのロビーでジーコと会ってね。ワールドカップのことについて、彼の将来のプランのことについて少し話をしたよ。。。彼は本当にサッカーを良く知っていて、とても素晴らしい人物だ!
夕食の後カロウCarolと一緒にColôniaへ出掛けた。ゴシック式の大聖堂やReno川などをみるためにセントロを少し回ったんだ。とても美しい街だね。その日の最後にここ街のセントロから20km離れている合宿所へ戻ったんだ。
休日とい���のは僕達にとってとても大切な日だ。家族とすごしたり、妻と少し散歩したりすることによって、決勝の地ベルリンへ向けてのモチベーションが上がるんだ。

みんなまた応援宜しく!!!それじゃあまた!

カカーブログ22 ベスト8への期待! 2006年6月25日

試合への期待が高まってきたね!とうとうその時が来たんだ!もう何度も重要な試合を経験してきたけど、代表の試合はいつもすごく壮大な瞬間だし、試合が始まるのが楽しみだ。今日ポルトガルが勝ってうれしかったよ。僕はフェリペ監督が好きだし彼の成功を願っている。もちろんそれはブラジルと戦うまでだけどね!今日は合宿で映画を観る時間もあったんだ。CRASHっていうアメリカの人種紛争を描いた作品なんだけどとてもよかったよ。まあまあ楽しめた!

<p>ロマンスの本をよく読んでいるんだけど、気になるページがあったんだ。聖人Abraãoについて書かれた4ページの20、21項目のところ。神からある絶対的な使命を授かった。神は必ずしや願いをきいてくれる、偉大な存在であることを常に信じている。僕がパワーをもらう聖書にはいつも安らぎと答えがあるんだ。まさしく僕の愛読書だね。
<p>今はみんなが残してくれたコメントを読んでいるよ!今日はここにブラジルの公立学校の生徒からのメッセージも届いたんだ。本当に僕らのことを書いてくれてありがとう!これはすごく励みになるよ!これからも応援をよろしく!それではまた!

カカーブログ23 ブラジルとフランスは宿命だ!!! 2006年6月28日

<p>おいみんな!今日はひざと足首の痛みで目が覚めたよ。試合を観た人は知っていると思うけど、一点目のすぐ後にタックルをくらったんだ。僕の足は動かなくなって、足首と膝が少し曲がってしまった。そこから痛み出したんだけど、熱戦の中だったから持ちこたえた。試合後、アイシングをした時に本当に痛みを感じ始めて早急に治療を始めたんだ。

セレソンの医者に診てもらったんだけど、大きなケガではないようだ。とはいえ少し痛みが激しいので治療をして回復を待つことにしよう。</p>

<p>ガーナ戦の勝利はとても重要なものだ!いくつかパスミスがあったものの、何度もゴールのチャンスを生み出すことができた。とても効率的に機能していたよ。フランスについて。とても経験があり、世界の伝統的なフットボールをするチームだね。ブラジルとフランスというのは世界のクラシコなのさ。是非とも勝利してブラジル国民にもう一度喜びを与えたいと思っている。

それではまた!

カカーブログ24 気楽に治療 2006年6月29日

右の膝と足首の集中治療の日。前より小さな痛みで目が覚めた、もう回復に向かっている。今日はもう筋力トレーニングが出来たんだ。自転車をこいでホテルのプールでセレソンのドクターとフィジカルスタッフと一緒にリハビリをしだんだ。ここにはとても良い設備が揃っているし、きっと結果は良くなるだろう。

前回はみんな励ましのメッセージを残してくれてどうもありがとう。とてもうれしかったよ。僕たちはもうバスで150㎞ほど移動してフランクフルトのホテルの中さ。ホジェリオ・セニ、ジュニーニョ、クリス、フレッジらとUNOをやってたよ。リラックスして時間を過ごすことはいいことだね。

<p>今はみんなにメッセージを書いていて治療をしてる。明日の朝はもっとよくなっているに違��ないだろう、スタジアムでの練習がすごく楽しみなんだ。応援よろしく!!!!

<p>ではまた!!!!

カカーブログ25 みんなで準決勝を戦おう! 2006年6月30日

フランクフルトスタジアムでトレーニングの日。去年コンフェデレーションカップで優勝したところがここだったので、僕たちがよく知っている場所なんだ。明日このスタジアムで喜びの日となることを期待しているよ。今日は���っと練習してたけど、ケガはだいぶ良くなってることを感じたよ。スタジアムのロッカールームでドイツVSアルゼンチンの後半戦をみんなで観てたけど、PK戦の後はもうホテルに着いてたよ。ものすごい接戦だったみたいだね。

今は治療をしながらイタリアの試合を観てるんだ。両方のチームに友達がいるのでどちらが勝っても嬉しいよ。<br />明日はとても激しい試合になるだろうけどみんなの応援を期待してるよ。

<p>準決勝を一緒に戦おう!それじゃあまた!!!

カカーブログ26 みんな、応援してくれて本当にありがとう! 2006年7月3日

みんな、何日かこのブログを書いてきたんだけど、フランスとの敗戦後、コメントするのが遅れてしまってごめん。ワールドカップで敗退するということはとても辛くて、ブラジル国民がどのように感じているかはとてもよくわかる。。。僕自身もサポーターとしてそれを経験しことはあるが、今は選手として感じている。<br />僕たちやれることはやり、この敗退に対して何も責めることはできない。ということを言いたい。しかしここのみんなはブラジルを決勝へ導くことができなかったことを責められている。<br />だからこそ謝っているんだ。戦わなかったことではない。体の限界まで全力を出さなかったことでもない。全力を尽くしたがそれでもみんなに喜びを与えられなかったことに対して謝っているんだ。

<p>世の中いつも夢に描いていたり、想像していた通りにはいかないんだね。ここ何日かメッセージを送ってくれた人全てに感謝したい。みんなのそばにいることはとてもいことだ。気を取り直して前へ進もう。すぐに喜び合える時がこの先たくさんあることを知っているからね。

このブログをこんな時に僕に力を与えてくれるバイブルの23ー18項目にある格言でしめよう

「なぜ使命とは未来をもたらすのだろうか 希望を失望にさせないためだ」

それじゃあみんな、応援してくれて本当に本当にありがとう。

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