ベロオリゾンテでの生活について

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ブラジルに留学していた頃ミナスジェライス州の首都であるベロオリゾンテという街に住んでいました

日本にはあまり馴染みのない名前かもしれませんが、規模でいうと人口240万人以上のブラジルの主要都市の一つです。

都市名のベロオリゾンテはBelo Horizonteと書きますが英語で言う”Beautiful Horizon”の意味です。

美しい地平線という名の通り非常に良い街でした。
Belo_Horizonte1

現在ではベロオリゾンテには多くの日系企業が進出していますが、私が滞在していた2000年代前半頃は日本人が全くいませんでした。

日本人どころか東洋系自体が非常に珍しく、街を歩けば皆が振り返っていました。

まだネットもそんなに普及していなかった当時、ベロオリゾンテに関しての情報すら全くなくて

地球の歩き方とかにも1ページくらいしか紹介がありませんでした。

そんな未知の土地ベロオリゾンテへ、知人に紹介してもらった現地の日本人のみを頼りに単身で行ったのです。

長距離バスでサンパウロから8時間くらいかかりました。

 

 

 

住む場所が見つかるまではポウザーダという安宿に一週間くらい滞在しておりました。

CPF(ブラジルの納税者番号)もイデンチダージ(身分証明書)も持っていない外国人がアパートを借りるのは結構至難の業でしたが
知人のブラジル人に保証人になってもらい、なんとか1ルームのアパートを借りることができました。

セントロから歩いて15分のフロレスタ地区という所で家賃は当時300レアル(15000円)くらいだったと思います。

部屋にはタンスとベッドのみで家具は何もなし、さらにキッチンは共同で冷蔵庫にジュースを入れておくと翌日にはなくなってましたね。

ゴム手袋をはめて毎日自分の服を洗濯板でゴシゴシしていたのは今となっては良い思い出。

洗濯物も外で干しておくとパクられるから部屋に吊るしてた。

苦労してたな~

 

 

物価

ベロオリゾンテの物価はサンパウロと比べれば若干安いです。

ブラジルはここ最近物価が急騰しましたが、あの頃ベロではレストランでも一食5レアルくらいで食事することができました。

一カ月1000レアルもあれば余裕で暮らすことができた神時代!

今では絶対無理だろな

観光地

観光地というのは特にありません

強いて言えばパンプーリャ湖とか

かの有名な建築家オスカー・ニーマイヤーが設計したサン・フランシスコ礼拝堂があります

ちょっと隣の市まで足をのばせばオウロ・プレットとう街があります

日本ではベロよりこっちの方が有名かな?

ここは17世紀のブラジルのゴールデンラッシュ時代に建設された金鉱採掘のための都市でみていて結構おもしろい!

日本で言えば京都みたいなもんで、社会見学の学生らが溢れています。

治安

ベロオリゾンテのセントロは京都でいう碁盤の目のように綺麗に整っている為、生活をしていればすぐに土地勘は掴めます。

治安もサンパウロやリオと比べれば比較的良い方です

ブラジル人がいうにはベロオリゾンテというところには美人が多く、人口も女性の割合が多いのだそうです

日本でいう秋田美人みたいな感じでしょうか?しかし人口比率にしてついては、言われてみればバス停に並んでいる人達をウォッチすると、確かに女性の人数の方が多いような気がします。

食事

あと、飯はうまい!

ブラジルの伝統料理フェイジョアーダをちょっとアレンジしたフェイジャオン・トロペイロ

何杯食べたことか

サッカーチーム

サッカーではクルゼイロアトレティコMGという2大チームが人気を二分しております

私はクルゼイロ派で当時ミネイラオンと呼ばれるブラジル最大級のスタジアムによく一人サッカー観戦してました

一時期クルゼイロの本拠地であるtoca de raposa(キツネの巣穴)というところに出入りしており

そこにでその昔富山第一高校でコーチをしていたというブラジル人コーチとの出会いもあったっけ?

”ヤナギサワワワタシガソダテタンダ”としきりに言ってましたよ

 

 

そんな魅力あふれる街ベロオリゾンチで私は

UFMGというミナスジェライス州立連邦大学の外国人向けポルトガル語コースで勉強したり

近所のジムに通ってフォホーというダンスを習ったりと充実した日々を過ごしておりました

ベロにはたくさんの思い出が詰まっています サンパウロより断然好きです

いつかまた行きたいベロオリゾンテ!

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